Biography
Band History
Tabata  Shimaji  Watanabe
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当時のL.B.M。左から林、田畑、山崎。

 5月、新宿LOFTにて行われたゴールデンフラワー・シンジケートというイヴェントにMARBLE SHEEP&THE RUN DOWN SUN'S CHILDRENのリード・ヴォーカリストとして田畑が参加。この日の模様はCOLD SPRINGというイギリスのレーベルから"MARBLE SHEEP/SHINJUKU LOFT"(CTCD-015)としてリリースされた。

 6月には同名のイヴェントにL.B.M出演。2夜連続のイヴェントにはL.B.Mの他、非常階段の美川を擁して壮大なスペースロックと化したMARBLE SHEEP&THE RUN DOWN SUN'S CHILDRENや、現SOLMANIAの大野が在籍していたFOLK TALESなどが出演していた。

 詳しい時期は不明だが、この頃、NULLより田畑のもとに電話があり、ZENIGEVAの新メンバーとして迎え入れられるという出来事が起こる。これには余談があって、当初、NULLはベーシストとして林をZENIGEVAに誘おうとしていたらしい。
 オフマスク00のツアーをヘルプしたり、以前からベーシストとして高い評価を得ていた林にはこの種の勧誘が絶えなかった。そんな林を別のバンドに吸収されてしまうのを畏れた田畑が、とっさに自らを強引に売り込んで加入したのが真相のようだ。皮肉な事にこの出来事がツインギター、ベースレスというZENIGEVAのその後の演奏スタイルを決定付けたのである。
 そんな田畑の目論見も空しく、林は山塚アイの別ユニットUFO OR DIEのベーシストとなる。前身バンド、ヘイスティ・スネイル・ベイビーのベースを担当していた現アシッド・マザーズ・テンプル、想い出波止場の津山が山小屋の管理に携わっていた為、シーズン中はLIVE活動を行えず、そのヘルプからいつの間にか正式メンバーとなったようだ。運命の悪戯というか、そのZENIGEVAとUFO OR DIEが、一時解散するL.B.M後の二人にとっての主要な活動となってゆくのである。

"WALK ON WILD WEST"(ARLP-024廃盤)

 8月、京都河原町路上にてMARBLE SHEEP&THE RUN DOWN SUN'S CHILDRENと合体し、アコースティックライヴを行う旨がFOOL'S MATE紙上にて告知される。
 しかし、殆どストリートパフォーマンスが皆無であった御時世からか、気恥ずかしさも手伝って、実際には両バンドのメンバーが賀茂川のほとりにて宴会を催し、バカ騒ぎをしただけであった。ハッタリをかまして後から「しまった」となっても、尻拭いする人間が誰もいない…当時のL.B.Mはそんな情況であった。

 同月、大阪エッグプラントにおける3夜連続のイヴェント"WALK ON WILD WEST"に出演。林はUFO OR DIEとしても参加していた。関西アンダーグラウンドが総結集した当時の模様はALCHEMY RECORDSよりLP化され、"WALK ON WILD WEST"(ARLP-024廃盤)というコンピレーションとしてリリースされている。
 L.B.Mの収録曲、"パレスとザラ"という曲名は新約聖書から引用されたものである。以前から毎週日曜に教会に通っていた山崎のアイデアによるものだ。
 "パレスとザラ"はインストゥルメンタルであるが、実は"ACID SWING"のイントロ部分である。当時、"ACID SWING"という曲自体は存在せず、ワルツ+エイトビートのイントロ部分は曲と曲の間におけるつなぎとして存在していた。雰囲気を盛り上げる為に組曲のように演奏する形式を重視していたのか、歌入りの楽曲が少ないので1ステージを持たせる為に単なる時間稼ぎをやっていたのかは定かではない。

 同時期、ドイツのDossierというレーベルより、"DEAD TECH2"(Dossier7541廃盤)というLPがリリースされる。NULLによって集められた8アーティストによるコンピレーションで、L.B.MはZENIGEVA、MARBLE SHEEP&THE RUN DOWN SUN'S CHILDREN、ボアダムズなどと共に参加している。収録曲は"RUSSIAN ASSHOLE"だが、これは浅井在籍時の録音であり、前述の通り(第一回参照)"LENINGRAD BLUES MACHINE"(NUX廃盤)に再収録された。

 10月、大阪ファンダンゴにて割礼と共演。この時の模様は'88年にGyuune cassetteより発売された"FANDANGO"(CD95-12)に収められている。この頃、精力的な活動に嫌気がさした山崎、混乱した私生活を送る田畑、ベースプレイの切磋琢磨に励む林と、三人のバラバラ度はピークを迎えていた。しかしこの日は山崎が割礼を指して、「こいつらは皆が同じ一点を見つめとるで」と放った一言に一同が奮起。久しぶりに充実した演奏を繰り広げた。

To be continued...

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