Biography
Band History
Tabata  Shimaji  Watanabe
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のいづんずり時代の田畑。阪神タイガースのユニフォームを着ている。左がインドリ・イガミ。

1986/87〜

 始まりは1986年暮れに遡る。当時、ボアダムズを脱退し、のいづんずりに専念しようとしていた田畑であるが、何とも言えない閉塞感に悩されていた。その年の秋、京都芸術大学の学園祭に少年ナイフなどと出演したのいづんずりのステージは、インドリ・イガミ(Vo)の泥酔による荒れたものとなり、バンドはイガミを解雇する事になる。その模様を田畑はこう語っている。

 「イガミくんがバンドを去る前の最後のライヴは印象に残っている。あれは京都芸大の学園祭でのこと。学生達が模擬店をやってたんやが、そこでイガミくんは酒を呑みまくってベロンベロン。のいづんずりの演奏中、全く歌えずステ−ジ上で眠りこけてしまった。僕らの後で少年ナイフが演奏したんやけど、イガミ君はその間中ステ−ジ上で眠ったまま(笑)。全員一致で「これはクビにするしかない」と。ベースの福田君がリード・ヴォーカルを担当して、そのまま活動を継続したんやけど、しばらくしてドラムのサガネさんも辞めてしまった。すべてがバラバラになりつつあって、僕も結局辞めた。その後、福田君は東京に拠点を移して新メンバーと活動を続けた次第や」(フローレント・デルヴァルによる田畑へのインタヴューより抜粋)

 さて、その後に田畑はLENINGRAD BLUES MACHINE(以下L.B.M)を結成する事になるのだが、それ自体が紆余曲折したものであったらしい。
 当初、リード・ヴォーカルを担当していたのは京都でJUNK JUNGLE GENREというアヴァンギャルド・ファンク・バンドに所属していた川添貴である。川添は90年代中期、東京電力のテレビCMに出演するなど(カーテン開けて「偉いね」とか褒められる節電広告)知る人ぞ知る謎の存在なのであるが、田畑とは高校の同期に当たる。ベースの林直人はEP-4のギタリスト、好機タツオ率いるミームでベースをプレイしており、田畑とはノイバウテンの京都公演における警備のアルバイトで知り合っていた。ドラムを担当したのは浅井猛。浅井もJUNK JUNGLE GENREでドラムを叩いていた。そして田畑を含め4人とも京都のLIVE HOUSE兼カフェ・バー(死語!)CBGBのスタッフであった。そして川添脱退後、3人のままスタジオでのセッションは繰り返された。

最初期のレニングラード・ブルース・マシーン。左の仮面を被っているのが林。右が田畑。

 「L.B.Mの結成当初は全く別のバンドみたいやった。最初は別にヴォーカルがいて・・・そやな、バースデイ・パーティーやギャング・オブ・フォー、ポップ・グループみたいな感じのグループやった。 でもヴォ−カルが脱けてしまって・・・それでもスタジオでセッションは続けていた。インプロみたいな事やってる内に何やらサイケというかそういう感じになってきよった。で、何となくヴォーカルをとるようになった。それまで歌った事はなかったんだけども、おー別にいけるやないかと言う感じで、3人編成のままライヴをやるようになった」(同インタヴューより抜粋)

 L.B.Mのデヴューライヴは1987年の5月頃、当時京都にあったBIG BANGというハコで、共演はサディー・サッズ、ZENIGEVA、オフマスク00であった。既に親交があったZENIGEVAのNULLからの誘いで決定したものと田畑は記憶している。
 デヴューライヴ以降、活動の大きなネックとなっていたのは全員が同じ呑み屋で働いていた事である。すなわちLIVE終了後、誰かがCBGBで朝の5時まで働かなければいけなかったのだ。これが関西以外でのLIVE活動が出来ない要因となり、当時まん延していた(今もかも知れないが)「東京で演らなあかん」という馬鹿げた妄想に火をつける結果となってしまった。やはり以前のバンドが活動の手本となっていた為、知らず知らずの内に当時からメディア露出度が高かった山塚EYEなどを意識する状態に陥っていたようだ。当時隆盛をきわめていた雑誌FOOL'S MATEにデモテープを送る等、ダサイ宣伝活動に精を出していたのもこの時期である。

 別の問題も浮上していた。ドラマーの浅井がプライヴェート等の諸事情により以前に較べ音楽に集中出来なくなっていたのである。結局浅井は脱退するのだが、彼が在籍していた時代の音源は現在廃盤となっている"LENINGRAD BLUES MACHINE"(NUX)にて聴く事が出来る。
 それよりも少し前、浅井や川添が通っていた京都精華美術大学の五月祭りにて田畑はある印象的な人物との出会いを果たしていた。ドープな目つきで「俺何でも叩けんねん」と豪語していたその人物が浅井脱退の際に急浮上したのだ。
 その後、田畑、林の2人に大きな影響を与える事となるドラマー、山崎康の登場である。

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